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香港STYLE Vol.55 借り物の場所、借り物の時間 (2019.01.19)

香港からこんにちは

 

 

香港を舞台にした有名な映画一つに、『慕情』があります。 1955年公開のアメリカ映画で、映画音楽史上名作と言われる主題歌も有名ですね。

原作は『Love Is a Many-Splendored Thing』という、作者ハン・スーイン自身の自伝的小説で、中国客家出身の父とベルギー貴族出身の母のもと中国で生まれ、医師、作家として生きた彼女自身のストーリーと言われています。

この映画の中で、香港の運命を簡潔に、そして核心をついて言い表わした、有名な表現があります。

『借り物の場所、借り物の時間』

borrowed place, borrowed time

 

 

確かに、そうなのかもしれません。

永遠ではない。  いつかは終わる。 そして、いつかは変わる運命。 

 

英中両国の政治的・経済的打算がかみ合い、夢のような繁栄と安定を遂げた香港で、このことを最もよく分かっていたのは、実は英国人でも中国人でもない、華人香港人だったのかもしれません。

 

20世紀半ばに入り、世界中の欧米植民地が次々と独立していく中で、香港には「独立」という選択肢はハナからありませんでした。 

香港は中国に「返還」されるのであって、それを大前提として、さて香港をどうするかについて、英中両国の交渉が本格化し始めたのが、1982年。 

訪中したサッチャー英国首相は北京で、「香港の繁栄を維持するためには、英国人が香港にとどまる必要があり、現行の法律を不変とすることは、香港に更なる繁栄を導く」と主張。 

これは、持って回った非常に英国らしいものの言い方で、言わんとしていることは即ち「香港の主権は引き続き英国が持ち、香港統治を継続する」ということ。

それに対し、当時の中国最高指導者 鄧小平は「我々は、李鴻章 (不平等条約の締結をした清朝の全権大使) ではない」と突っぱね、今までやりたい放題の英国に対し「中国の主権回復には譲歩の余地なし。 香港の繁栄と安定を、いかに中国が引き継ぐかについてのみ、我々は話し合う用意がある」という、強硬な立場を貫きました。

 

その後、英中両国は膠着状態を経てなお意見に大きな隔たりがあるまま、都合22回にも及ぶ交渉を続け、英国は主権の継続を断念。 返還までの権益の維持のみという、大幅譲歩に軌道修正しました。 

一方の中国は、交渉期間中、及び返還過渡期間に、香港が現在の実態を変えられて手渡されることを警戒し、2年以内に双方合意に至らない場合「中国が一方的に主権回収を実行する」というハードランディングの可能性も示唆したといいます。

 

これまでの流れで、そう、何かモヤモヤしませんか? 

だとすればその理由、きっとそれは「香港のことなのに、なぜ香港が交渉に加わらないの?」ということでしょうか。

そうなんです、これまでの交渉で、香港民は完全に蚊帳の外。 

しかしここに来て英国が、大幅譲歩を余儀なくされた中国に対する揺さぶりとして、交渉の場に香港代表を加えるというカードを試みたのです。

 

 

 

しかし、一見表向きは民主主義的公正なこの提案が、中国には通用しないことを、英国はすぐに気づかされます。

中国人は昔も今も、「3者間交渉」というものを嫌います。 なぜなら、3者は必ず2対1の構図になるから。 

中国人は、もう一方を絶対に自分側に抱え込むことが出来る条件が揃わない限り、すなわち、自分達の勝ち戦となる構図が見えない限り、3者間の交渉という形態には持ち込みません。

これは、程度の差こそはあれ、香港で暮らしていても時々感じることで、香港を含めた華僑、華人社会の成り立ちとも関係があり、特徴でもあるのでしょう。  何も政治やビジネスの世界だけでなく、家族、友人関係でも、華人社会で似たようなことは見られるようです。

 

 

英国が香港の民意を味方に付け、交渉で有利に持ち込もうとする狙いが透けて見えることから、中国はもちろん、英国のこの3者間交渉の提案を拒絶。  交渉参加者の中から、香港政庁関係者を全て排除したということです。

また香港民にとっても、英国が公正に香港の行く末を憂慮しての3者間交渉提案ではなく、あくまでも香港民意を利用して、英国の主権維持、極東での政治的権力維持という、結局、自分達の都合のいいようにしたいだけの本音が見え隠れすることから、香港民の間で英国に対して失望と無力感もあったといいます。 

 

 

英中両国に、それぞれ別々の心情を持つ香港民は、蚊帳の外に置かれながらも両国の思惑を目の当たりにし、「中国は信じるに足らず。 英国は頼るに足らず。」というのが、複雑ながら偽らざる本心だったのでしょう。

 

 

今私が香港に住み、少し香港を振り返ってみようと思った背景は、単に私がこの地で生まれ人格形成の幼少期を過ごし、その後、英国や英国人とも大いに関わりがあるからという、個人的センチメンタルな理由からではありません。

相手を真に知らずして、戦えず。

戦うというのは武力などではもちろんなく、又、言った言わない、やったやらない等の感情論でもなく、はたまた民族間で正義か悪か、優か劣か云々等の議論などでも、もちろんありません。

それは、グローバルという広い世界、無限に広がる可能性の大海、と同時に様々な価値観が混在する多様な社会で、まず相手を真に知ることがいかに大事か。 日本という国がこれから泳ぎ続ける、チャレンジになるだろうと思うからです。

そんなことを、「借り物の場所、借り物の時間」ではもうない、ここ香港の道端でふと思ったりするのです。

 

 

JUN