香港STYLE Vol.60 クリエイションへのオマージュ (2019.02.23)

香港からこんにちは

 

 

Me, I like to make an effort. I like nothing better than concrete reality. 

私自身、努力をするのが好きだ。 明確な現実以上に私が好きなものはない。

 

誰の言葉だと思われますか?

ノーベル賞受賞の物理学者? 

オリンピックのゴールドメダリスト? 

それとも、国際宇宙ステーションISSに搭乗している宇宙飛行士、でしょうか?

 

 

これは、今週2月19日にフランス・パリで85歳の生涯を閉じたファッション・デザイナー、カール・ラガーフェルド氏が、生前、英紙 The Weekend FT (Financial Times 週末版) のインタビューで語っていた言葉です。

 

心から哀悼の意を捧げます。

 

CHANEL、FENDI、KARL LAGERFELD という、3つの高級ブランドのデザイナーを最期まで兼任し、世界のファッション業界中枢にい続けたカール・ラガーフェルド氏。

中でも、CHANELのデザイナー、アートディレクターとして、彼がファッション界に与え続けた影響は計り知れません。

 

ブランド創業者でありデザイナーであったココ・シャネルを1971年に失い、その後、方向性の喪失で低迷していたCHANEL 。

1983年にCHANELとデザイナー契約を結んだカールは、メゾンを再びラグジュアリーブランドとして蘇らせるべく、彼の全クリエイションを余すところなく投入し、その手腕を発揮していきました。

 

繊細で天才的なクリエイターほど時に脆い面があり、それゆえに、自ら道を断ってしまうことも、実は多いもの。 

例えば、クリスチャン・ディオールの元デザイナー、ジョン・ガリアーノ。 ビョークやレディ・ガガ、リアーナにも熱烈に支持されていた、アレクサンダー・マックイーン。

彼らのクリエイションは、オリジナティ溢れる類い稀な才能があったにもかかわらず、天才クリエイターの性ゆえの、ナイーブな運命だったようにも思います。

そんな、浮き沈みの激しいファッション業界において、一度たりとも調子を崩さず、スランプに陥ることもなく、一大メゾンのアトリエを指揮。

コレクションに次ぐコレクションでは毎回、洗練と安定感と圧倒的なクリエイションをもって存在感のある素晴らしいショウを展開し、36年間にわたりCHANELを牽引。

FENDIにおいては、1965年から50年以上にもわたりクリエイションに貢献し、世界のファッション界第一線で活躍し続けてきました。

 

オートクチュール、ファッション、アートという、究極の感性、創造性の世界にあって、実はものすごく地に足のついた現実主義者でもあったカール。 それは、インタビューで語っていた彼の言葉からも分かりますね。

その超人的なバランスが、彼が奇跡に近い偉業を成し遂げた理由の一つだったのかもしれません。

 

 

仕事のペースを落とすことなく強靭な精神力と完璧なまでの自己コントロールによるストイックな生活スタイルで、クリエイションし続けたカール。

CHANELのデザイナー、アートディレクターとして、華やかな創造性と優れた商才を組み合わせ、CHANEL社に巨大な利益を与え続けていったのです。

 

エレベーターに一緒に閉じ込められるなら、誰をパートナーに選ぶ?と聞かれ、『もちろん Choupette (シュペット) だよ』と答える、溺愛の美猫シュペットと一緒のカール。

 

 

1月22日、みぞれ雪が降りしきる、それでも変わらず美しい街、パリ。

今となってはカール最後のCHANELコレクションとなった、2019年春夏オートクチュール・コレクションが先月、パリのグラン・パレで発表されました。

会場は、南欧貴族の館と、初夏の柔らかい陽光が注ぐイタリア式庭園がそっくりそのまま再現された、なんともゴージャスでシックで優雅な空間。

 

いつもはショウの最後に必ず現れるカールが、この時、初めて姿を見せず (香港の自宅から、ライブ中継でショウを見ていました)、もしや体調がすぐれないのではと心配していましたが、今思えばそうだったのかもしれません。

 

 

オートクチュール・メゾンの作り出すコレクションは、一着数百万〜数千万円というお値段も決して珍しくはありません。

とはいえ、昔と同じく最初から最後まで、全てアトリエの熟練したお針子さん達の手作業で、一着につき数ヶ月かけて制作されるもの。 とても採算が取れるものでは、実はないといいます。  売り上げを重視したビジネスとは見なされていないのです。

 

高い縫製技術と芸術的センスが融合した最高級のファッション、オートクチュール。

クチュールへのこだわり、伝統を守ることに格別な想いと使命があり、そこがブランドがブランドたる所以であり深みであり、お金では決して買えない歴史が見せる夢なのかもしれません。

 

CHANELのデザイナーとしてのカールは、常にココ・シャネルの継承人であることを、忘れたことはなかったといいます。

 

しかしカール本人は、自分がCHANELにもたらした変化を、ココ・シャネルは喜ばなかったかもしれない、と生前のインタビューで語っています。

『私がやることをココは嫌がったかもしれない。 しかし、CHANELというブランドのイメージを刷新するのが私の役目だった。 もしココが生きていたら、こんなものを作っただろうという直感は信じて創ってきた。 』

 

ココ・シャネルを常に念頭におくという点では、絶対にブレなかったカール。 しかし、時代の流れを読むことも忘れませんでした。

『生き残る種とは、最も強いものではない。 最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである』  と言った、ダーウィンの進化論を思い出します。

 

しかし当のカール本人は、自分の業績を特にそれほど評価していなかったようです。 亡くなる2カ月程前、回顧録を書いているのではないかという噂を否定していた彼。

 

『何も言うことはないので。 むしろ、私のことは忘れてもらいたい。 そうなるように手配している。』

 

JUN

 

香港STYLE Vol.59 マルチタスクは世界を救う (2019.02.16)

香港からこんにちは

 

街中が賑やかで華やかに彩られる旧正月休みが終わり、すっかりまた賑やかで華やかで、そしていつものマルチタスキーな日常に戻っていった金融国、香港。 

 

香港では、タクシーの運ちゃんもダッシュボードの上に携帯を4、5台並べて、株のデイトレしながら運転、、、そんな光景はごくごく普通です。  (てか運ちゃん、ちゃんと前よく見てね。 あと、スっても暴走しないでね。 言ってくれればすぐ降りる)

 

一つの物事に拘りを持ち続けそれを極め続け、、、なーんて、コスト&タイムパフォーマンスのよろしくない『一つに全てを捧げる型人生』は時間がもったいない!とでも言うかのように、キャリア、資産、あらゆるリスクを数多く分散させ同時進行させる、マルチタスク・マインドが香港民には染み付いています

名付けて『世界中いつでもどこでも即移動可能型人生』

この時代、それは強みですよね

 

また香港は、ジェンダーベース・ディヴィジョン (Gender-based Division) が少ないことでは、アジアの中でもトップ。 

そして毎年アメリカのシンクタンク、ヘリテージ財団と、経済紙ウォールストリート・ジャーナルが発表する、2019年経済自由度指数 (Index of Economic Freedom) でも、香港が25年連続で世界一位。 

財産権の確保、司法の影響、政府の廉潔性、税負担、政府支出、財務の健全性、そしてビジネス、労働、通貨、貿易、投資、金融の自由度。 ほぼそれぞれの項目で、毎年ポイントを増やし続けています

 

これ実は、よく考えると凄いこと。 返還後は金融貿易ビジネスセンターとしての地位が上海に凌駕され、経済集約力を含めた香港の魅力が失われてしまうのではないかという、あの外野の騒動は全くの杞憂であった、と言えるのではないかと思います。 

 

香港のような国際金融センターというのは、国や政府がちょっとやそっと本腰を入れたからといって、そう簡単に出来上がるものではないですし、中国市場をメインに扱うエコノミストや経済専門の報道機関なども、やはり活動は上海ではなく香港なのも事実。

契約、正式合意、条約の協定など、中国マーケットの金融コンセンサスは、ほぼ香港で作られているといっても言い過ぎではないかもしれません。

 

『一帯一路』を半ば強引に押し進める、中央政府の右腕、兼頭脳集団、兼実行部隊のアジアインフラ投資銀行と共に中國建设銀行 (亞洲) (China Construction Bank Asia) による情報伝達、公式報道も、香港の自由度を中国が上手く利用し実現しているものと言えるのではないでしょうか。  

 

香港返還交渉で、結果的にあの英国に譲歩させるほど、強行かつ抜け目ない姿勢を貫いた中国の外交力には、今でも何か底知れぬものを感じますし、また、脈々と受け継がれる中国共産党の、言ってみれば秘密結社のような巨大ピラミッド型掟組織も、有形無形の威圧感といい、香港が常々実感として接しているもの。

 

ですが、香港民の強みである『世界中いつでもどこでも即移動可能型人生』の柱となる、マルチタスク・マインド、そして彼らの「拘らない大らかさと拙速さと図太さ」という素質がある限り、たとえ世界終末時計が30秒進んで零時まであと1分半となる世の中が来たとしても、その頃の香港はまたきっと「そんなのどこ吹く風〜」で、独自の道を見つけていると思うのです

 

心がパッと華やぎ富をもたらすパワーのある、彼らが大好きな、たとえばこんな赤い宝石と一緒に、

 

JUN

 

香港STYLE Vol.58 旧正月の舞獅 (2019.02.09)

香港からこんにちは

恭喜發財 (Gong Hei Fat Choi) !!

新年快樂 (San Nin Fai Lok) !!

 

豚年、明けましておめでとうございます🐷🧧🍊

 

今年は、2月5日に旧暦のお正月を迎えました。 旧正月は、香港でも一年で最も重要で盛大な中華圏のお祝い。

親戚、友人を訪ねて周る賑やかな旧正月の3日間を終え、香港のほとんどの企業や金融機関は、8日からビジネス再開。

さぁ今年もまた楽しくいい仕事をして、お金をたくさん儲けて参りましょう

 

さて、華やかな香港の旧正月を飾るのに欠かせないのが、ライオン・ダンス、

『舞獅』 (Mol Si)

 

英語圏にチャイナタウンが多いこともあり、広く「ライオン・ダンス (Lion Dance)」とも呼ばれてます。

かつてシルクロードを通って中国に運ばれたライオンは、中国文化では「強さ、英知、優越」のシンボル。

 

魔除けをし、幸運や富を招き入れる「招福駆邪」の旧正月ライオン・ダンス『舞獅』は、中国では西暦100年頃から行われてきたそうです。

その後、日本や台湾、マレーシア、シンガポール、ヴェトナムなどに伝わり、ライオンの容姿や内容は各国の民族性に合わせながら、それぞれ伝統芸能として広まり定着していったそうです。

日本のお正月でもおなじみの『獅子舞』は、中国のライオンダンス『舞獅』が元だってのですね。

 

ひと口に『舞獅』と言っても、国土が縦に横に広大な中国。

同じ中国国内でも民族性や地域性の違いは幅広く、例えば地方によっては方言以上に違いがある「殆ど外国語」状態ともなる中国語もそうですし、その地域による違いや個性は、ライオン・ダンス『舞獅』にもよく表れています。

香港スタイルの『舞獅』は、香港、澳門 (マカオ) を含む廣東省、海南省周辺、中国華南地區伝統のもの。 

例えば、北京など中国北部と香港の『舞獅』は何が違うかというと、まずライオンの華やかな色合い

 

縁起のいい赤、金、黄色はもちろん、オレンジ、ネオンイエロー、ネオンピンク、ネオングリーン、ネオンパープル、、、などなど。 とにかく、派手で強いけれど、明るくて温かい色の組み合わせを多様します。

 

そして忘れてならない、中華太鼓とシンバルのド派手でリズミカルな音

 

静寂は福を呼ばず。。。

これは、日常生活からしてまず間違いなく、香港人と香港の街に染み付いている「香港の常識」で、香港ライオン・ダンスの独特の音とリズムとこの勢いは、至極当然の成り行きでこのスタイルになったはず

そして、実際のライオンの動作を模倣している、と香港人は言いはる、要するに彼らが考えるところのライオン・ダンスのあの動き。

で、、、それが、カワユイ〜

 

何がって、その容姿、歩き方、口の開け方、表情、背伸びの仕方、語る背中、尻尾、、、動作の全てが

 

各商店の入り口にぶら下がった利是 (Lai Si。香港版お年玉) 付きのレタスを、、、

頑張って背伸びして取って、、、

 

 

むしゃむしゃむしゃ

 

そして、それを勢いよく吐き出して、福を撒き散らす、縁起のいいライオンくん。

 

利是 (Lai Si。香港版お年玉) の紅封筒も大好きで、、、

 

それに目がないライオンくんは、利是ゲットで、、、

お目目パチクリ瞬きして、どことなく嬉しそう

 

何とも愛嬌のある表情と動作でしょう?

大きな太鼓とシンバルの音、ノリのいいリズムとライオンの舞で縁起を担ぎ、今年一年の繁栄と招福を願う。

そして、利是を貰って福を撒いたら、フサフサの頭の毛と長い睫毛のつぶらな瞳でちゃーんとお辞儀をして、お礼を言ってから次に移ります。

 

香港人の、何をしても憎めない愛嬌ある気質そのものに私には見える、香港旧正月のライオン・ダンス『舞獅』。

 

私が、香港と香港人を愛してやまないもう一つの理由が、ここにもあります

 

JUN