香港STYLE Vol.82 ロンドンで出会ったロシア人 (2019.08.11)

香港からこんにちは

私にとって、ロンドンは第二の故郷です。

在ロンドン中の多くの時間を過ごした、Mayfair (メイフェア) 地区と Knightsbridge (ナイツブリッジ) 地区は、その後の私の価値観となるベースを作ってくれた特別な場所です。  

ナイツブリッジは、私が学生時代にロンドンで生活をスタートした場所であり、その後、家族で居を構えた場所でもあり、生涯の友と呼べる親友達にも出会い、生活の全てがあった相性のいい場所。 エレガントで文化的にも洗練され、西ヨーロッパ大陸系のファミリーも多く住む、瀟洒なエリアです。

メイフェアは、両親の古い親友香港人の住まいがありよく訪れたり、クリスティーズでアンティークとオークションの勉強に没頭したり、最初にアート関係の仕事をしたのもメイフェアですし、また、ダイヤモンドや宝石に対する今までの価値観が覆される、運命的な出会いをしたのもメイフェアにあるジュエラーでした。

イギリスの歴史と芸術、品格、そして世界の富が凝縮された、まさに大人の場所です。

さて、メイフェアには、New Bond Street (ニューボンドストリート) という、世界中のハイジュエラーが集まる一角があります。 

ひっそりと落ち着いた雰囲気のストリートで、周辺には、英国のオーダーメイド紳士服街で有名な Savile Row (サヴィルロー)、高級アンティークディーラーが集まる Burlington Arcade (バーリントンアーケード)、2大国際美術品競売会社の Christie’s (クリスティーズ) や Sotheby’s (サザビーズ) が拠点を構え、 他にも、世界中の王族や大富豪が顧客のプライベートバンクや法律事務所、有力なアートギャラリー、会員制クラブなどが集まっています。

が、一般に分かるようなサインは何もなく、人混みとは無縁の誠にロンドンらしい端正で美しいエリアです。

世界の政治経済は、メイフェアにあるジェントルマンズクラブの Drawing Room (ドローイングルーム) でそっと交わされるとてつもなく重大な会話に、実は鍵があるとも言われています。 10 Downing Street (ダウニングストリート10番。イギリスの首相官邸) ではないのですね。

一般にそれが明かされることはありませんが、実際の富とパワーが集中しているエリアでもあるのです。

防弾加工は施されているであろう運転手付きのランドローバーが、それほど広くない道の左右に何台も止まっているのが、メイフェアの日常の光景。

ヨーロッパをルーツ に持つ大富豪や世界の王族達は、公式の時以外はロールス・ロイスなどにはほとんど乗りません。  公人の顔を持つ者であればあるほど、プライベートやオフの時は極力リラックスした状態を好むということもあるのでしょうけれど、それは第一に、富の誇示と取られる可能性のある資産の匂いのするものを一般にはあまり見せないようにするという、セキュリティーのためでもあるのです。

それでも、移動手段は必ず専属ドライバーによる車や専属パイロットによるプライベートジェットですし、外食は一切せず、世界中に専属シェフを同行させる食事。

外食をしなければならない時は、実際はほとんど食事には手をつけず、食する場合は、まずスタッフが先に口にして、家族、また直接継承権のある者は同じ食事はしない、また同じ移動手段を使わないという徹底ぶり。 

これは実際、私の自宅すぐ近くに住んでいた、イギリスに政治亡命中の桁外れの大富豪のロシア人政商ファミリーがまさにそうでした。  

まだ当時7歳前後だった幼い息子さんにさえも、専属ドライバー以外に常に2名のボディガードが付き、どこへ行くにも彼らが一緒。

 

結局、プーチン大統領とロシアのもう一人の大富豪との政治的敵対が原因だったと言われ、政商はロンドン郊外の屋敷に滞在中、不自然な死を遂げています。 毒殺と言われるほど状況に合点のいかない点が多かったにも関わらず、当時もその後も検証や真相が表に出ることは結局なく、永遠に闇に葬られたようでした。

 

歳をとってからできた息子さんが一人おり、私の息子が行く予定の学校の先輩にもあたることから、奥様とも時々話すようになり、学校のコンサートに招待してくださったり、音楽教師でもある Head Master (学校長) にご紹介くださったりなど、私がご家族に対し、色眼鏡や偏見を一切持たなかったのがよかったのか、はてまた、危害の恐れの全くない安全人物と私が認定されていたからなのかは定かではありませんが、なぜか仲良くしてくださり、あの頃あのタイミングでロンドンの同じ場所に居た、 一期一会のとても不思議なご縁でした。

そんな暗殺の疑いが濃厚と言われるご主人の最期は、当時もちろんニュースで大きく取り上げられましたが、やはり息子さんや奥様を存じていただけに私にとっても大変ショッキングなニュースでした。

まだ若い奥様はその後、ナイツブリッジの地下3階地上6階建て戸建ての凄まじい価値の不動産や美術品の数々を競売にかけ、所有時を軽く上回る莫大な利益を得たそうだと、風の便りに聞いています。 

そんな話が当たり前のように身近にあった、在ロンドン時代。

美術品、そして宝石を所有するというのは、それまで私が考えていた、道具であったり、収集や趣味、単純に装身具としての目的以外に、重大な目的となり得る動機が潜んでいることに気づいたのです。

そして、今思えばメイフェアのある宝石商で目にした一粒のダイヤモンドが、それを確信的なものにしたのです。 

次回はそれを少しお話できればと思います

 

JUN