香港STYLE Vol.63 手に秘められたストーリー (2019.03.16)

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香港からこんにちは

 

日々の生活で、インスピレーションを与えてくれるもの、私の場合それは、『手』です。

 

長らくクラッシック音楽の世界でピアノを専門としてきたこともあってか、『手』に対する愛着は人一倍強いかもしれません。

 

ピアニストにとって、手や指は命ともいえるもの。

表現者として、ピアニストの全ての感覚と神経が集まる場所、それが手であり、さらに言えば手首と指先。 

 

弦楽器であり打楽器でもある、グランドピアノの鍵盤に直接触れる指先を通して、鉄骨に保持された弦を叩くハンマー、ピアノを身体の一部として感じる感覚のコントロール、そして響板を響かせ、あらゆる音色を創り出す。 それがピアニストの指先なのです。

また、一見優雅に座って弾いているだけのように見えるかもしれないピアニストですが、演奏を運動量にしたら実は相当なもの。

ピアノ演奏とは、脚から肩から背中から、、、と、全身の神経と筋肉を使うスポーツ的要素も多分にあり、特にラフマニノフやショスタコーヴィッチなど、ロシアもののピアノ協奏曲など大曲をステージで弾き上げるのは、心身ともに大きなエネルギーが要求されるものです。

 

と、予期せず話が逸れましたが。。。

 

日々、ふと目にする自分の手。 毎日使わないことはない、自分の手。

でもよく見ると、この太い関節と骨ばった指。 親指と小指が左右180度に開く、伸びた水掻きと幅広い手の甲。 大きなハーモニーを支えるのに必須な、肉厚の手のひら。。。

 

するっと細長い指や、薄く華奢な手の甲などとはまるで正反対ですが、ピアニスト特有の骨太の自分のこの手、この指。 結構気に入っています。

 

また、自分の手と同じくらい、人の手にも興味がある私は、初対面でもそうでなくても、まず相手の手に自然と目がいってしまうという。。。 長くピアニストだったゆえの、一種の職業病みたいなものでしょうか。

でも、一般的に言われる手の美醜や造形への興味ではなく、手そのものが語りかけてくる、その人の人生観、価値観、そして生きてきたストーリーへの深い興味なのです。

 

くるくるとよく動く、大袈裟で大胆でジェスチャー豊かな、イタリア人の友人ヴァイオリニストの、天才肌でドラマチックな手。

 

理工系博士号を持つ、学生時代からの大親友イギリス人。 知性と品位の塊のような彼が、パブでパイントグラスを静かに持つ、思慮深い穏やかな紳士の手。

 

クリスティーズ・オークション会場で落札直前、入札者の有無が最終確認されるあの一瞬の静寂。 まさに会場の時を止めてしまう、名物オークショニアの、アートとビジネスを融合させる魔法の手。

 

京都の芸妓さんが必ず着物の袖で隠す、手。 「秘すれば花」。

 

子供の頃、高熱が出た時、中耳炎が痛くて眠れなかった時、夜通し寝ずに氷枕を作り続けて看病してくれた、世界の全てを包み込む母の温かい手。

そして、それを自分がしてあげる番になった時、子孫を繋いでいく命のリレーを本当の意味で実感し自覚し、私を母にさせてくれた、我が子の小さく温かい手。

 

香港島セントラル (中環) にあるマンダリン・オリエンタルホテル内の「カフェ・コゼット」で、平日の同じ時間帯になぜかよく見かける、あるご高齢のマダム。  

一目で『琅玕』(ろうかん) と分かる、最高級翡翠のネックレスを身につけた彼女の、皺だらけで骨ばった指には、10キャラットはあろうかというダイヤモンドリング。 

ゆっくりと歩きながらも背筋はシャンと伸び、杖を持つ皺だらけ の彼女の手が、私には何よりも、そしてそこにいる若いどんな誰よりも、エレガントで、敵わないほど美しく、高貴なものに見えるのです。

裕な精神で裕な時間を丁寧に積み重ねてきた人のみが持ち得る、歳を重ねたマダムの圧倒的な手のオーラ。

 

本物の美とは、知性と気品と生き様が備わらなければ無価値であると、彼女の佇まいと杖を持つ美しい手から教えられたような気がします。

JUN

 

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