言論を奪われ、異論を排除した時、戦争は止められなくなる。

上のタイトルをはじめ、以下の文章は、保坂展人(のぶと)氏(現・世田谷区長)が、ご自身のブログに書き込まれたものを基本的に引用させていただきました。リベラル派として知られる保坂氏は、同じくリベラル派で、昭和史の深い研究で知られる、保阪正康氏の著作を引用しながら、現政権の危険さを的確に指摘していると私には思えましたので、あえてご紹介させていただきます。既にお読みになった方もおられるかもしれませんが、もしまだの方は、是非ご一読くださるようお薦めいたします。

ちなみに、保坂展人氏と保阪正康氏は、たまたま同じ読み方「ほさか」の姓をお持ちですが、「坂」と「阪」が異なるように、姻戚関係はないようです。展人氏は1955年生まれの60歳、正康氏は1939年生まれですから、今年76歳になります。

展人氏のブログは、いかにも空虚なゴマカシに徹した先日の「安倍談話」がまったく触れていない重要な点のひとつ、戦前戦中の社会の実態の指摘から始まりました。

それは国内の言論が軍部の完全な統制下に入り、戦争への慎重論を持つ政治家や官僚等までもがテロの標的となり、政党政治は解体されて議会はその機能を失い、新聞は事実を伝えるのではなく「大本営発表」の拡声器に成り果てた異常な戦時体制についての言及や考察です。

あの悪法、治安維持法が伸縮自在に解釈され(弾圧的な法の精神を持つ法律は必ずそうなります)、戦時体制に向かう「異論」を排除するだけでなく、「趣味」のグループや「宗教」にいたるまでが苛烈な弾圧の対象となりました。どれほど多くの人達が社会的に押しつぶされ、殺戮されたことでしょうか。

戦争は自然現象ではなく、山火事のようにいつのまにか起きるのではありません。起こそうと躍起になって活動する勢力が必ず存在するのです。戦前の日本にも、戦争が拡大しようとした時に「慎重論」や「拡大すべきでない」という不戦論を持つ政治家や外交官、言論人も確かに存在していました。しかし批判者を徹底的におさえこみ、異論を排除するばかりか、文化や風俗、そして趣味さえも統制下に置いた恐怖の統治構造があったからこそ、戦争協力一色に国民を囲い込む結果となったのです。

言論の自由も政党政治も根こそぎ奪われたから、無謀な戦争にブレーキがかからなかったという歴史の教訓をふまえるなら、特定秘密保護法から集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更、そして安全保障法制から大日本帝国憲法に回帰するような「憲法改正」を志向する動きは、日本がかつて戦争へと向かっていった流れと完全にダブります。皆さんは本当にそれでよいのでしょうか? 私はイヤです。

今年の8月15日をとりまく関心は、ふたたび「戦前」の歴史に回帰するようなことはないのかという危惧が広がっている点にあります。昨年7月1日に、「集団的自衛権の行使」をめぐる憲法解釈を180度変更して「行使できる」とした安倍政権は、今年5月の国会に「安保関連11法案」を提出しました。

とりわけ、国会の審議が始まると露呈した噛み合わない議論のすれ違いというよりは、誠実さのかけらもない政府の答弁は、私の不安・不信をさらに増幅しました。「安倍話法」とも言うべき、言葉の羅列について、『安倍首相の「歴史観」を問う』(保阪正康著・講談社)を読んでいて、ハッとする指摘がありました。「軍服を着た首相--前書きにかえて」から何カ所か引用します。

「安倍首相の答弁や言い分は、昭和10年代の陸軍の軍事指導部の幕僚たちが、たとえば国家総動員法の審議の時に見せたような開き直り、在留邦人の保護や石油資源の供給が不安定な状態から脱するための自存自衛といった語を連発した構図とほとんど同じである。つまり、相手の言い分など知ったことではなく、常に自らの意見を声高に主張し、それに国会議員がヤジをあびせると、軍人が「黙れ!」とどなったのとまったく同じなのである。」

昭和史の深い研究で知られる保阪正康氏が、昭和10年代の国会会議録にある軍人の答弁を読んでみて、実感するのが安倍首相との共通点だといいます。鋭い指摘は、さらに、続きます。

「決して非礼の意味で書くのではないが、もしかすると安倍首相は、現代にあって、背広ではなく、軍服を着て、安保条約関連法案の答弁にあたり、内閣による憲法解釈を進めていると表現できるのではないか。このように見た時に、安倍首相の答弁はよく理解できるし、軍事主導体制に切りかえていく心理もそれなりの説得力を持ってくる。

軍服を着たと想像して、安倍首相を見たとき、『わが軍は...』という言い方はけっしておかしくはないし、正直な言辞だと思う。むろんこれは戦後民主主義体制そのものの自己否定であり、この否定の側に立つのであれば、軽々に『戦後70年、日本は平和の道を歩み...』などと言うべきではない。それは、自己矛盾を国際社会にさらけだすことではないか。」

首相がたびたび口にする「侵略の学問上の定義は定まってない」という言葉にも通底しています。歴史の事実から逃避し、表向きの判断を留保するような姿勢が続いてきたことを、大きく転換したのが戦後50年の「村山談話」でした。

「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。」(村山総理大臣談話)

どうですか、安倍さんの談話に比べて、20年前に村山さんが述べたことには、はるかにまともで真摯な気持が感じられますが、いかがですか?

侵略地での虐殺はたいしたことはなかったとか、軍が関与した従軍慰安婦は存在しなかったとか主張する、歴史的事実を知ろうとしない人達を「歴史修正主義者」と呼ぶようですが、私見では、こういう人物は「歴史改ざん主義者」と呼ぶべきだと思っています。

真実を知り、その反省から未来を作ろうという、本当の意味で前向きな姿勢を「自虐的」と罵倒する人々の気持は、私にはどうしても理解できません。

この書き込みは、保坂展人氏、保阪正康氏の両氏の文章と、私の付け加えが混在しておりますので、申し訳なく思いますが、もしもここまでお読みくださったなら、是非現在の状況をご自身の頭で、じっくりお考えいただくよう、心から願っております。決して楽しくはない文章にお付き合いくださったことに感謝いたします。

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