京都の難読地名8件

京都の難読地名8件


日本中どこにでも、その土地の人にしか読めない「難読地名」というのがありますね。人間活動の歴史が長い京都にも「難読地名」は、もちろんたくさんあります。有名なものでは、太秦(うずまさ)、先斗町(ぽんとちょう)、烏丸(からすま)など普通ではなかなか読めない地名ですね。

以下は京都市内を動いている時によく目にする名前なのですが、いざ読もうとすると、ちょっと詰まってしまうものをいくつか取り上げてみました。読み方は説明文の最後に付けてありますので、まずは漢字のままでお試しになりませんか?


〇間之町通

京都市内中心部を南北に伸びる細い通りのひとつです。東西の関係では、幹線道路の烏丸通の東側で、高倉通(東側)と東洞院通(西側)に挟まれています。南北で見ると京都御苑の南端に面する丸太町通から南に延び、御池通を突き抜けて、姉小路通までで、いったん途切れるのですが、それで終わらないところが、なんとなく京都的です。しばらく途切れた後、高辻通から断続的にさらに南に延び、最後は枳穀邸の横を通って、京都駅近くの七条通まで達しています。

読み方(あいのまちどおり)



〇糺森

これはそう言われてみれば、たいへん有名な地名ですね。下鴨神社の参道を形作っている見事な森です。京阪電車と叡山電車の起点、出町柳駅からすぐのところにあります。賀茂川と高野川が合流して、文字の異なる鴨川になる合流点の近くでもありますね。これも漢字で見せられると、読み方を思い出しにくい地名のひとつです。すぐ近くの下鴨は京都市内有数の高級住宅地です。

そういえば出町柳には「出町ふたば」という和菓子屋さんがあります。京都によくある、すました高級和菓子店とは正反対の、極めて庶民的な小さなお店なのですが、いつ行っても主に地元のお客さんが行列しています。妻がここの豆餅のファンなものですから、京都へ行くとほぼ必ず立ち寄りますが、最低10分くらいは待たされます。僕にとっては、糺森は出町ふたばの豆餅を連想させる場所なのです。

読み方(ただすのもり)


〇栂尾

京都市北部、清滝川に沿った高雄(たかお)・槇尾(まきのお)・栂尾(とがのお)の3ヶ所は、併せて「三尾(さんび)」と呼ばれています。いずれも、京洛随一の紅葉の名所です。「たかお」と「まきのお」は何とか読めても、「栂尾(とがのお)」はちょっと読みにくいと思います。そう言えば、栂尾には「鳥獣人物戯画」で知られている高山寺がありますね。このお寺さんは当然ながら、なかなかの歴史がありまして、平安時代には高尾の神護寺の別院で、神護寺本寺から離れた隠棲修行の場所だったらしいのです。近年では1966年までは、仁和寺を本山とする真言宗御室派のお寺だったのですが、その年、仁和寺による双ヶ丘(ならびがおか)売却計画に抗議して、真言宗御室派から離脱し、真言宗系単立寺院となったという、現代でもなかなかの強者です。なお、双ヶ岡には当時、京都工科大学建設計画があったのだそうですが、結局、その計画は頓挫しました。その後、京都市が仁和寺から一部を買い取って現在は保全地域になっています。

読み方(とがのお))


〇上終町

「都の終わりの地」という意味のある地名です。京都市北部、左京区にある地名です。ここから先は都の外、という感じが伝わってきますね。そういえば奈良には「京終(きょうばて)」という地名があります。JR西日本・桜井線(万葉まほろば線)には「京終(きょうばて)駅」いう駅がありますし、近隣には「南京終町」とか「北京終町」といった地名があります。これも平城京のなごりの名前だと思います。

読み方(かみはてちょう)


〇雲母坂

どう読んでも「うんもざか」としか読めないような気がしますが、そうではないのです。左京区一乗寺の詩仙堂からほど近い場所に、雲母漬(きららづけ)という白味噌を使った漬物屋さんがあることを、僕は昔から知っていたのですが、「きらら漬」の名前が、雲母坂から来ていることは最近知りました。ちなみに「きらら漬」は亡き父の大好物でした。

読み方(きららざか)


〇天使突抜

これは道路名ではなくて町名です。場所は市内を南北に貫く幹線道路のひとつ、堀川通の少し東側で、東西を走る松原通の南側から「天使突抜1丁目」が始まり、南に向かって「天使突抜4丁目」まであります。なんだか天使が通り抜けていくようなイメージですが、実はこれは京都の町衆が豊臣秀吉の豪腕政治を皮肉ったものという謂われがあります。

天下統一を成し遂げた秀吉は、上京(かみぎょう/御所付近)のにぎわいを下京(しもぎょう/現在の京都駅付近)方面まで広げるために、上京から下京まで大きな通りを何本か作りました。その内の1本の道の途中にあったのが古くからの神が祭られている由緒ある神社「五条天神宮」でした。義経と弁慶が出会った場所としても知られているこの五条天神は「天使様」と呼ばれ、当時の人々に親しまれていました。でも秀吉の命令で道を境内に無理やり通してしまったため、町衆は「天使様を突き抜けてまで道を作るのか!」と怒り、皮肉の意味を込めて「天使突抜」と名付けたのだそうです。

秀吉は現在の愛知県の生まれですから、元来、京都とは何の関わりもないよそ者のくせに、京都を短期間のうちに大規模に変えてしまったため、京都の町衆とのこうしたトラブルも多かったようですね。でも住所に「天使突抜2丁目〇の〇」などと書くのは、いかにも京都らしくて、ちょっとうらやましい気がします。

読み方(てんしつきぬけ)


〇物集女

京都市南西部、桂エリアにある町名のひとつ。正式には「京都府向日市物集女町」になります。「物集街道」という道路もあります。昔、この地域で勢いのあった「物集女氏」という豪族の名字にちなんだ地名なのだそうですが、字面は一度見たら忘れませんが、読み方は忘れてしまいそうですね。

なお、この物集女氏は、河内国(かわちのくに・現在の大阪府東部)にある百舌鳥(もず)と呼ばれる地方から来た豪族だった事から、その名が付いたと言われています。

読み方(もずめ)


〇蹴上

ここはご存じ、琵琶湖疎水の京都側の出口がある所です。東山区三条通の東端で、京都市内から滋賀県大津市や、名神高速道路に向かう地域です。近くには南禅寺等の観光名所もたくさんあります。

「蹴上」の地名の由来には2説あります。そのひとつは、源義経が牛若丸と呼ばれていた頃、鞍馬寺で修行をしていましたが、その後、京を離れて、奥州平泉へ向かいました。牛若丸一行がこの地に差し掛かったとき、その時、たまたまそこを通りかかった平家の武士の馬が、水たまりの水を牛若丸に蹴りかけたことから両者の争いとなり、牛若丸がその武士をはじめ家来等9人を斬り捨てたという伝説です。

もう一つは、蹴上の南に九条山がありますが、ここにはかつて処刑場があり、罪人がこの山に登るのに死ぬのがイヤで、なかなか登ろうとしないのを役人が後ろから蹴り上げて登らせたという説があります。どちらにしても余り縁起の良い話ではありませんので、知らなくてもよいことかもしれませんね。失礼しました。

読み方(けあげ)

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