2つのグローバル化 (Globalization)

齋藤 恵  No.2395 記録日 2003/05/27(火) カテゴリー 一般 URL URL

2つのグローバル化 (Globalization)


ささやかながら、僕自身、多国籍大企業との間で、当社の商号をめぐって3ヶ月半ほどやり合ってみて思うことがあります。ここ何年か、日本でも極めて頻繁に聞かされてきたこの言葉、「グローバル化(Globalization = グローバライゼーション or グローバリゼーション)」についてです。

先年、イタリアのジェノヴァや、アメリカのシアトル等で先進国サミット、蔵相会議、WTOの会議等が開催された際、かなりの規模の「グローバル化反対運動」を掲げる人々が集まり、激しい抗議行動を起こしたことがありました。警備当局と激しい衝突を繰り返していたことが記憶にあります。

その時僕は、「いったいどういう理論的根拠が、あれだけの反対パワーを集めたのか?」十分には理解することができなかったのですが、最近、アメリカの言語学者、ノーム・チョムスキー (Noam Chomsky) 氏(マサチューセッツ工科大学教授)の話を雑誌で読む機会があり、この点についての疑問が、かなり解けたという経験をしました。

そこで、そのエッセンスをぜひ皆様にもお伝えしたくなり、この書き込みをいたしました。

インターネットをその典型とするように、人間の活動が国境や人種を越えて、世界規模、地球規模になったことを基礎とする「グローバル化」は、僕の目から見たら、人類の進歩でこそあれ、決して退歩とは思えず、それ自体を否定する気にはなりません。

ところが、よくよく考えてみると、グローバル化には、2つのまったく異なる流れがあったのです。

ひとつめは、その現象の本来的な内容でもある、人間の善意にもとづくボーダーレスな地球規模の人間の活動のことで、これは人類の歴史の流れとして自然なことだと思います。

ところが、2つ目があるのです。それは、「企業グローバライゼーション (Corporate Globalization)」 と呼ばれるべきものです。これは多国籍大企業が、ひとつめの美名に隠れながら、情報、地下資源、多用な生物資源、水、などを、あらゆる政治力、経済力を駆使して囲い込み、自社の際限ない利益追求の道具とする動きです。

そうなのです、企業グローバル化(企業グローバライゼーション)とは、資源や情報の「囲い込み運動」のことなのです。

多国籍大企業は、本来はもっと多くの人々が共有して活用すべきモノやコトを自社だけで「囲い込み」、自社もしくは自社の利益を代弁する組織以外には使わせないようにし、使わせる場合は、極めて高額のロイヤリティを取って、自社の利益に供する。こういう仕組み作りを狙っているのです。

そう考えてみますと、最近の多くの現象がこれまでとは少し違って見えてきました。

たとえば、当社の商号係争の件だってそうです。本来は人類共有の知的財産であるはずの、単なる代名詞に過ぎないひとつの単語を、世界中で1社だけが囲い込み、世界中どこでも自社ブランドとして以外は、たとえ相手商号の一部としてすら絶対に使わせないようにしたい、という専横な発想です。

しかもその際には、相手方を、自社ブランドの著名性にただ乗りした「便乗商法」を行う破廉恥漢であり、著名でハイイメージを持った自社ブランドの価値をおとしめる悪質商法だとして、口を極めて罵倒するのです。4分の1世紀近く、そんなことを夢想だにせず、誠実で真摯に仕事に取り組んで来た人間達が、物心共にどのくらい傷つくかなどという「些細なこと」は、莫大な利権の前には、まったく考慮の対象外のようです。

これが、「シャネル」とか「グッチ」とかいう、人名から来た固有名詞なら、まだ理解できなくもありませんが、ごく一般的な代名詞を、完全な占有物としたいということなのですから、その独善性、傲岸不遜性とツメの長さはすごいと思います。

これに対して、本来のグローバル化の流れを大切に思う人々が、提唱しているのが、グローバル公正運動 (The Global Justice Movements) です。この流れが実は先にあげたジェノヴァやシアトルでの抗議行動の底流にあったのです。

2つ目のグローバル化(企業グローバライゼーション)は、実は底知れない不気味さを持っている考え方でもあります。

まず、それは戦争や暴力と極めて密接に関係しています。つまり、囲い込み運動は、必然的に力ずくになります。そうでなければ不可能です。既存の関係を破壊してはじめて可能になることだからです。

現在のアメリカの政権を握っている人々の顔つきや発想を考えたら、このことが実によく理解できますね。

企業グローバライゼーションを推進しようという人々は、当然、戦争や暴力が不可欠なことを熟知しており、そのために軍事力の強大化=軍事予算の急増を何がなんでも達成する必要があります。


この企業グローバライゼーションが進んでいくと、次の現象が不可避的に発生します。

1)世界的には経済が低迷し、主として貧しい人々がより苦しい状況に追い込まれる。

2)慢性的な金融不安が続き、すべてがあまねく広まるというグローバル化本来の真意とは反対に、富が極端に一部に集中し、経済格差はますます大きくなる。

3)低迷する経済と不安定な政治情勢に苦しみ、異文化に接して大きな疎外感を味わった人々が、民族、思想、宗教などを背景として、暴力をともなう過激な行動に傾斜していく。

4)宇宙空間をも囲い込み、占有化し、地球の安全性すらあやうくしかねない。


チョムスキー氏は語ります。「私達の運動は、いつの時でも、いま世界で何が起こっているかを知ることから始まります。」と。

そしてまた氏は、昨年10月に、国連で発生した重大な出来事を、決して表面に出さなかった世界のメディアの責任は大きいと指摘していました。

それは、

1)生物兵器を禁じた1925年のジュネーブ協定を再確認する決議案

2)宇宙を軍事目的に使用することを禁じた1967年の宇宙条約を強化する決議案

この2つの決議案に反対票を投じたのは、アメリカとイスラエルだけでした。


アメリカ兵にバグダッドの路上でうつぶせに踏みつけられ、身体検査を受けているイラク人を撮影した、アルジャジーラTVの記者がこう言っているのが(アメリカのTVが字幕付で放映しているのを見たのですが)耳に残りました。

「こうやって自尊心を奪われた者がテロリストになる。」と。


テロリストをこれ以上増やさないためにも、力ずくの政策は止めなければならないと思います。最近身近に体験した多国籍大企業のやり口から、こんなことを考えてしまいました。そういう意味では、僕はあの多国籍大企業に、ある意味では感謝しなければならないのかもしれませんね。でも、僕はこの力づくの理不尽さに対する怒りは、終生忘れることはないでしょう。


Re:1   日吉   2003年05月28日(水)00:00
2つのグローバライゼーションとは、とてもいい指摘ですね。最近の英語では、globalizationというと恵マスターご指摘の2番目を意味するようになってきましたが、最初は1番目の意味で受け取られて歓迎されたものでしたね。グローバライゼーションの中身をはっきり2つに分けて考えるというのは、本当に、いまの世界ではとっても大切なことです。恵マスターの分析に感謝します。

2つ目のグローバライゼーションで、世界の貧富の差はますます激しくなってきました。 その結果が私の周囲にも現実に見られます。たとえば、 アメリカ大企業の経営による安い農産物がメキシコに流れ込み、小農経営のメキシコの農民はそれに太刀打ちできなくて農村が疲弊して、農村のほとんどの男性はアメリカに出稼ぎに出ざるを得なくなり、メキシコから「不法入国者」の数がぐっと増えたというように。イラク侵略にメキシコが反対したので、アメリカ政府はいろいろな形でメキシコに圧力をかけているそうですよ。

こういうことが世界的規模で進められているのですね。チョムスキー氏の言われるように、そういう動きに立ち向かうには、私たち自身が「いま世界で何が起こっているかを知ること」が、まず大切なのですね。
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Re:2   恵   2003年05月28日(水)00:00
日吉さんに、ご賛同いただけると、本当に励まされます。

おかげさまで、僕はこのおしゃべりの場を、管理人として、もうずいぶん長い間運営して参りました。見方によっては、マスターはまったく好き勝手なことを書きまくって・・・などと見えるかもしれませんが、やはり、これにはこれのたいへんさはあります。

まず、書き込む情報の精度の検証の問題です。単なる風聞や、あやふやな聞きかじりは絶対に避けなければなりません。

それに、知らず知らずに陥りかねない「井の中の蛙」とか、「唯我独尊の世界」に対する警戒の必要性です。

そして、何よりも大切なのは、多角的な、幅広い視点の必要性です。

そういう意味で、おかげさまで、かなり多くの皆様にご来店いただいております、この「カフェ・ド・エルサイトウ」という掲示板では、私以外にも何人もの方々におしゃべりしていただく必要性があるのです。にぎわってくればくるほど。

日吉さんは、ご縁があって、このカフェのオープン間もなくからのメンバーでおられますね。今後ともどうか、くれぐれもよろしくお付き合いいただきたいと願っております。本当にありがとうございます。

そう言えば、最近しばらく当サイトのアクセス・カウンターの数について書きませんでしたが、間もなく、開設以来の累計アクセス数が27万件になります。

3万件になった、5万件に達したと、いう時期がもうはるか昔に思えます。最近では、ほぼ半月で1万件になります。ご来店の皆様に、あらためまして心から御礼申し上げます。

どうぞ、今後ともよろしくごひいきに。
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Re:3   日吉   2003年06月04日(水)00:00
C-SPANという全くコマーシャルのないテレビ局があります。番組は議会とか公聴会、討論会、講演会などの中継、そして話題の本の著者のインタビューなどばかりで、全く編集をしないでありのままを報道するというのが方針のようです。先日、このC-SPANで、チョムスキー氏がインタビューされ、視聴者からの電話による質問にも答えるという番組がありました。それがなんと、延々と2時間ほども途切れもなく続いたのです。それでもチョムスキー氏は(たしか74歳だと思いますが)少しも疲れを見せず、びっくりするほど謙虚な態度で質問に淡々と答え続けていました。

このインタビューで、政府のやることに関して一般市民(国民)に責任があるかという質問に対して、チョムスキー氏は、スターリン時代のソ連や現在の北朝鮮のように政府のやり方に反対できる自由がない国の市民には責任はないけれど、選択の自由があるのに何もしないのは政府に加担しているのと同じことで、責任があると答えていました。これがチョムスキー氏の行動の原点だろうと思います。同時にまたそれは、アメリカ市民に対する氏の静かな呼びかけでもありましょう。そして、アメリカ人に限らず、日本人も含めて、政治的自由のある国の住民すべてにもあてはまることでしょう。

1人1人では無力な一般市民にとって、インターネットは多大な力となるということにも、チョムスキー氏は言及していました。このカフェという小さな場でも、その力を感じさせられましたよね。
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