「I have a reservation.」 ウォーレス・コレクションにて。

齋藤 恵  No.2374 記録日 2003/04/20(日) カテゴリー 海外紀行 URL URL
クリックで拡大表示します 24KB

「I have a reservation.」 ウォーレス・コレクションにて。


ロンドンの中心部、オックスフォード・ストリートの 「SELFRIDGES (セルフリッジズ)」 というデパートの裏手に、マンチェスター・スクエア (Manchester Square) という広場があります。そして、その広場に面して The Wallace Collection(ウォーレス・コレクション)という、元貴族の邸宅を使った美術館、というか、博物館があります。

外観は瀟洒な煉瓦造りで、なんでも、ハートフォード侯爵が始めた芸術品の蒐集を子孫が代々引き継いでいき、1897年に、子孫のサー・リチャード・ウォレスが遺言によって国家に寄贈したのだそうで、The Wallace Collection という名前もそこから来ているのだそうです。

イギリス人の収集好きは、かの大英博物館を頂点として、国中にほぼ無数の○○○コレクションなるものがあることから、僕たちもよーく知っているつもりなのですが、それでも新しい所を見る度に、その旺盛な収集欲と、偉大な管理・整理・展示力に驚かされます。

標題の博物館も、そのひとつでして、まあよくも集めたり、と感心して拝見したのですが、このおしゃべりは、観光ガイドではありませんから、コレクションの明細はさておきまして、このコレクションとの僕の関わりを書かせていただきますね。

上の絵は、どこかで写真でもご覧になったことはありませんか? ロココ美術というと、僕は必ずこの1枚の絵を思い出すのですが、最もロココ的な絵画の1枚だと思っております。

作者は、フランス人のフラゴナール (Jean Honore Fragonard 1732 〜 1806) で、タイトルは「ブランコ (The Swing)」といいます。1767年(フランス革命の22年前)に制作された作品です。

僕は昔からこの絵を知っていて、気にもなっていたのですが、いったいどこにあるのかは知りませんでした。それが過日、娘の案内でロンドンのこの博物館に出かけて、思いがけず発見したというわけです。この博物館には、甲冑や剣などの武具のコレクションも多く、多量の武具にいささかうんざりしかかった時に、この絵を見つけて、なんだかほっとするやら、うれしいやらで、思わぬ出会いに感謝した次第です。

僕などは、まったくたいしたことはありませんが、普段から美術の知識をちょっと学んでおくと、こうした施設へ出かけた時に、そうでない場合の何倍もトクをした気になりますね。「ああ、この絵はここにあったのか!」という歓びには、なんとも言えない満足感があります。

いかがですか、飢えに苦しむ多くの民衆のことをほったらかして、絢爛豪華な世界にはまっていったロココ美術のひとつの典型だと思いませんか?(べつに、責めているわけではありませんので、念のため。)

この絵は、1865年に第4代ハートフォード侯爵が購入したのだそうですから、ともかく、フランスで、大革命時代や、ナポレオン時代を生き延びて保存されたわけですね。

思いがけない絵との出会いに歓喜しながら、その後、妻、娘とともに館内のカフェに入り、ゆったりとしたひとときを過ごしました。平日ですから、ガラガラでのんびりとしていました。

実はここでおしゃべりしたい、もうひとつの話題は、その後に起きました。妻と娘がお手洗いに立った後、会計をすませた僕が、カフェの出口まで来た時のことです。

ちょうど、「ブランコ」に乗っている女性の50〜60年後くらいな感じのイギリス人のおばさん達3人連れがカフェに入ってきました。そして先頭にいた最年長らしき1人が、僕に向かって「Excuse me. I have a reservation.(すみませんが、予約をしておいたのですが。)」とのたまったのです。

実は、僕はアジアであろうと、ヨーロッパであろうと、ほとんどどこへ出かけても、必ずと言ってよいほど、街で道を聞かれるのです。「ここへ行きたいのですが・・・」とか、電車の乗り換え駅で、「この電車は○○行きですか?」とか。

これはいつも妻にあきれ果てられるくらい、必ず遭遇することなのですが、今回のロンドン行きでは、たいていは娘が運転する車で移動していたせいか、到着後3〜4日経っても、まだ街で道を聞かれてはおりませんでした。

それがこんな形で起きたわけです。こうした状況にはかなり慣れている僕ですから、なるべく楽しんで返事をすることにしているのですが、その時の返事をご紹介しておきましょうか。

僕はニッコリとしながら、こう言ったのです。

「Certainly, Ma'am. By the way, I am a guest here, and am going out now.(承知しました、奥様。ところで、私は実はここの客で、今出て行こうとしているところなのですが・・・。」

上品な老婦人達が近づいてくるのを見て、路を譲って内側で待っていた僕のことを、カフェのスタッフだと思ったのですね。そう言えば、その時僕は、白いマンダリンカラーのシャツに、黒い毛糸のヴェストを着ていました。カフェのスタッフに見えたかもしれませんね、あとから考えると。

「Oh, I am terribly sorry. Please excuse me. (まあ、本当に失礼しました。ごめんなさいね。」と真剣に謝罪するその老婦人の顔に、僕はなんだか、上のブランコの女性のいたずらっぽい顔つきの片鱗を見たような気がしたのです。

ヨーロッパの街でよく見かける年配の女性はとても素敵です。まず背筋がしゃんとしています。そして、年齢を重ねてきたことや、自己の経験や知識の蓄積に対する自負と心の余裕をお持ちのように感じられます。

いいですねえ、こういうの。私はもう歳をとってしまったから、などとはまったく思っていない素振りが僕にはなんとも魅力的に思えるのです。

そんなわけで、僕は困った顔の老婦人と連れのお二人に向かって笑顔で 「Please don't worry, Ma'am. Have a good time. (どうぞ、ご心配なく。カフェをお楽しみください。」と申し上げて出てきました。

これから何かの折に、ウォーレス・コレクションと聞く度に、僕はきっとあのことを思い出すに違いありません。この後、すぐに合流した妻と娘にこの件を話したら、2人とも大笑いでした。

ロココ美術のシンボルのようなこの絵との出会いには、なんだかそれにふさわしい逸話がついてきました。

ウォーレス・コレクションの一席でした。お粗末さまでした。

PAGE TOP